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​-菅原道真公について-

私の家紋は丸梅鉢でして、菅原道真を祀っている天満宮と同じです(今住んでいるこの街の氏神も、生まれた場所の産土神も意図せず天満天神社で菅原道真公です。七五三のお祝いも天満宮で行われてました)
神社や仏閣は自我(エゴ)を抑えて、自分の中にある子供のように純粋な潜在意識(集合的無意識)=神の分御霊(神)=仏性(大日如来)=ハイヤーセルフ(ワンネス)=小宇宙(大宇宙)を再確認しに行く場所だと考えています
​我を捨てれば誰でも高次の自分と繋がれるということです
​お賽銭は物質主義を手放すための行為かと
肉体はアバターであり、本体は意識の方にあります
​なのでこの現実世界は仮想世界とも言えます
自動書記等で高次からアイデアを降ろし現実化することが
ニコラテスラの369の法則
​引き寄せの法則は自分軸で生き精神的な豊かさに気付く法則であり物質的な豊かさを得るものではないです
神社にご神鏡が置かれてるのは「かがみ」の真ん中の「が=我」を取ることで皆自分の中の神「かみ」を確認できるということみたいです
顕在意識+潜在意識=心
潜在意識+集合的無意識=無意識
 
​天満宮のシンボルは」と「
梅の花言葉は「上品」「高潔」「忍耐」「忠実」です♪

菅原道真公(845年8月1日~903年3月26日享年59)は、日本平安時代貴族学者漢詩人政治家で
学問の神様として有名で寺小屋で祀られていたり(江戸時代に、寺子屋で流布した『天神経』では、実道権現と号されました)

https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc23/tpc/tpc_tera1.html

最近では和歌の神様でもあることが判明したようですhttps://news.yahoo.co.jp/articles/e2571a8a0388a188e9f7fa2b048018864362756d
 
戦国武将の前田利家公や息子(養子)の利益(慶次)公も梅鉢の家紋です
​前田利家公は菅原道真公の子孫だと自称していたそうです​​
​​正室(875年~不詳)と娘の文献とお墓が岩手県一関市に残されています
※私の父は岩手県生まれで岩手県出身で母が聴いた話によると牛小屋で産まれたみたいです
亡くなった父のお墓は面白いことに意図せず梅花の郷という場所にあります
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最近ではフィクションではありますが、漫画やアニメになっています
呪術廻戦五条悟乙骨憂太が菅原道真公の子孫として描かれています
そして 貫牛(かんぎゅう)という巨大な黒い牛の式神も登場します
 
菅原道真公天神様とも呼ばれ、梅干しの種の中にある実のことを天神様と呼びます
詳しくはこちらのサイトが分かりやすいです
またわらべ歌の「通りゃんせ」の歌詞に出てくる天神様も菅原道真公のことを指しています
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天満宮は何の神様か?

文道の大祖、文学・詩歌・書道・芸能の神あるいは慈悲の神として崇められるようになりました

天満大自在天神(日本太政威徳天)としては
火雷天神仏法神としても祀られています
主に学業豊穣の神として祀られてるが、多種多様な面で信仰されています
仏教の大自在天(大威徳明王)ヒンドゥー教最強神シヴァ神破壊と再生の神様です(牛を乗り物としてます)​
※バイラヴァとは、インド神話の主神の一柱であるシヴァ神の最も強暴な面「バイラヴァ」のこと
大自在天もまた牛に乗った姿で描かれています​​
​※詳しくは本地垂迹神仏習合を調べてみてください
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道真公は、学問だけでなく武芸にも秀でていたことから、武神としても信仰され、
慈悲 / 正直・至誠 / 儒教・忠義 / 和魂漢才和魂洋才(これらの面は特に、高杉晋作野村望東尼幕末維新志士たちにより信仰された) / 和歌連歌 / 芸能茶道 / 馬術 / 厄除除 / 除・除 / 書道 / 長寿 / 交通安全 / 結び・縁切り / 商売 / 子宝の神、
または、冤罪を晴らす神、極楽往生海難除け(渡唐天神伝説による)、怨敵調伏戦勝祈願、王城国家鎮護三十番神)、鬼門(天満宮は、主に鬼門の方角に建てられた。)
封じ(北野天満宮には、武運や刀工技術向上の他に、魔剣妖刀を封じるために、約80振もの御神刀が奉納されている)
土地神伽藍神仏法守護、子供守護神江戸時代頃より、全国各地で寺子屋や、天神講が行われるようになり、
また、天神人形雛人形五月人形など)が広まることにより、子供の守り神としての風習的な面が強くなっていった)
誓約神御成敗式目で、順守の誓紙に掲げられた神仏の一柱)
など
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 北野天満宮阿国歌舞伎発祥の地の一つとして伝わる

歌舞伎の元祖とされる出雲阿国一座は、北野天満宮に歌舞伎を奉納し、また、天満宮境内に歌舞伎小屋を建て興行していたという興行は満員御礼の大成功をおさめ、阿国は「天下一」の称号を確固たるものにしたという

 摂関家(特に藤原氏)には摂籙神として信仰されました

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人柄

  • 詩作にも官能的で優美な表現を取り入れており、宮廷詩では美人舞妓の踊り乱れた姿や、髪・肌・汗・香・化粧・衣などの様子を詩で仔細に鮮やかに表現しています

  • ただし、常に浮かれていたわけではなく、特に盛り上がっている宴会のみで、普段の宴会では謹厳な態度を守り、自分の言行を抑える、というように二つの顔を使い分けていたといいます
     

  • 子煩悩で子供に関しての詩を多く残しており、菅家文草「夢阿満」では、“阿満”という一番可愛がっていた子が亡くなると、神仏を恨み世界から天地がなくなった、と嘆くほど悲しんでいます

  • しかし、最後に幼い阿満が三千世界に転生するときに迷わぬよう、観自在菩薩に祈っています
     

  • 根っからの詩人で、詩が思い浮かぶとすぐさまその場で口ずさみながら、周りの物に書き付けるほどでした
     

  • 自身の人生について、昔の栄達していたときは、世俗の煩わしさに縛られ窮屈だったが、今は罪を問われて左遷され、荒廃したあばら屋に閉じ込められた不自由な暮らし、と大宰府で述懐していまいた
     

  • どんな大量の黄金も、父祖から代々伝わった学識には遠く及ばない、としています
     

  • 「一国丸ごと買い取ってしまいたい」と評するほど、越州国の風景を気に入っていたといいます
     

  • 家族や気の置けない友人達との語らい、馬で自然を駆け巡ることなどを好んだが、大量の行政文書をかたづけるなど仕事に忙殺されることだけは嫌っていました
     

  • 梅の花を好んだことで有名だが、桜花の美しさを「弥勒菩薩が悟りをひらくという龍華樹も遠く及ばない」と称え、

  • の花も若い頃から栽培するほど好み、薔薇の美しさを、妖艶で人を虜にして惑わす妖魔と例えています


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これに、雪と月を加えた「雪月花」を好んだとされ、雪は女性の化粧や老人の白髪の表現に、月は美しさはさることながら、

正邪を照らしだす真澄鏡に例えたり、擬人化し「問秋月」「代月答」のように自己問答の形式で漢詩がつくられ、

月光を誰も知らない自身の心の奥底にある清廉潔白さを照らし出す光として 題材にされました

また丑年丑の日丑の刻生まれだったという伝承があり天満宮には牛の像が置かれています

・野見宿禰(のみのすくね)野見大田彦について
すくね【宿禰】 とは
① 大化前代、貴人を親しみ尊んでいう敬称
② 古代の姓(かばね)の一つ。 天武天皇一三年(六八四)制定された八色(やくさ)の姓の第三位
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また菅原道真公の祖先は相撲の神様野見大田彦であるとされていて、古墳時代、野見宿禰は垂仁天皇の時代、埴輪制を創りだしたことからその子孫の土師氏は代々天皇の葬儀を司どることになったとされているみたいです
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そのため相撲神社の野見宿禰神社の社紋も梅鉢
最期は播磨で食事に招かれた毒でヒボコ関係者に暗殺されたようです
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MaroonedChii Sakurabi
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