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-菅原道真公について-
父が亡くなってから知ったのですが私の家紋は丸梅鉢でして
菅原道真公を祀っている天満宮と同じです
(今住んでいるこの街の氏神も、生まれた場所の産土神も意図せず天満天神社で菅原道真公です。子供の頃も知らずに天神社で遊んでいたり七五三のお祝いも天満宮で行われてました)
社会は共同幻想で成り立っています
お金も実際はただの紙と金属の硬貨ですし、国境なんかもそう決めたから成り立っているだけで囲いがあるわけでもない
赤道や日付変更線なんかもないですし、国もそう決めてそう思い込んでるから成り立っているだけで実際は個人の集まりでしかないです
社会は分離することで競争が生まれピラミッドが成り立っています
人類は遺伝子的に皆アフリカから始まっているということはわかってますし、良いことがあれば嬉しいし不幸があれば悲しいのはどの国の人でもみな一緒です
神社や仏閣は我(エゴ)を抑えて、自分の中にある子供のように純粋な潜在意識(集合的無意識)=神の分御霊(神)=仏性(大日如来)=ハイヤーセルフ(ワンネス)=小宇宙(大宇宙)=魂(オーバーソウル)を再確認しに行く場所だと考えています
※意識は三次元的なものなので遺伝子の記憶に接続することが集合的無意識と言われている
お賽銭は物質主義を手放すための行為かと
我(エゴ)を捨てれば誰でも高次の自分の本体と繋がれるということです
繋がる肉体になる前に沖縄の巫女のユタでいう神ダーリが体に起こります(具体的には耳鳴りが頻繁に起こったりします)
肉体はアバターであり、本体は意識の方にあります(生物は寝ている状態が本来の形であり,生命維持に必要なエネルギー確保のために起きてるだけです。脳を持たない生物も睡眠をとるのはそのためです)
なのでこの現実世界は仮想世界(夢)とも言えます
顕在意識は無意識が脳を利用して生み出している意識
意識の本体は無意識の方だということです
自動書記等で現実世界のクラウド上にある高次(大宇宙)からアイデアを降ろし現実化することがニコラテスラの369の法則
それが魔法であったり霊能力チャネリングだったりと呼ばれている(神や霊、宇宙人等と姿の視えない存在が高次のものであるため)
簡単に言えばアカシックレコード的なものに繋がることによって得られる力
アイデアを得ることは出来ても
未来は確定していないので誰にも予言できないです(多次元宇宙の未来を降ろすだけです)
何時いつに何々が起こるといった予言は偶然のみでしか当たらないです
女性の方が直感右脳的で左脳的なエゴに囚われにくいので巫女や魔女等の多くが女性
なので神託(女性の直観で受け取った話)を理論左脳的に解釈できる男性が古代の日本ではペアになってきました
それを一人で出来る方は右左脳の持ち主みたいです
※右脳(直観)で受信して、左脳(理論的)に考えて発信する
今の時代だと左脳(物質主義)を抑え右脳を積極的に使うことによってバランスがとれ真ん中の松果体(第三の目、第6チャクラ)が活性化します(松果体が活性化している人は眉間の辺りが押されているような感覚を伴い迷いがなくなり勢いがでます)
引き寄せの法則は自分軸で生き、精神的な豊かさに気付く法則であり物質的な豊かさを得るものではないです
物質的な豊かさにはキリがないですが精神的な豊かさに気付けば人は満たされます
精神的な豊かさを満たすには皆で分け合うこと、共有すること、感謝し合うこと
過去に起こったすべてのことは自分で選んで生れてきたことであり、そこに囚われたりする必要もないです
すべては今の自分になるために必要なことだったと考え、どうすれば今を楽しく過ごせるかだけ考えればよいと思います
(もしそこに囚われるのであればそれはこれからの自分にとって必要なことだということです)
神社にご神鏡が置かれてるのは「かがみ」の真ん中の「が=我」を無くすことで皆自分の中の神「かみ」を確認できるということみたいです
人が生きてる目的はどうやら可能性や数値でしかないデータの実践データ収集するために生きてるようです(アカシックレコード的なを完全なものにするため)
=他者の人生の邪魔をしない方が良いということです
そして他者の人生に協力することが徳を積むということです
顕在意識+潜在意識=心
潜在意識+集合的無意識=無意識
またどんなに精神的な豊かさに生きても外部が物質主義であるならそれは出雲国のように簡単に覆されます
人の心に善や悪の二元性がある限りは、外敵がいなくなっても今度は内部(身内)に敵を見出すようになるので
大切なのは集団や他者への依存を止め、個の存在として生き
自己憐憫・責任転嫁せず自分の人生を主人公として責任を伴って生きていくことだと考えています
家族であっても他者と割り切り依存しないことです
天満宮のシンボルは「梅」と「牛」
梅の花言葉は「上品」「高潔」「忍耐」「忠実」です♪
菅原道真公(845年8月1日~903年3月26日享年59)は、日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家で
学問の神様として有名で寺小屋で祀られていたり(江戸時代に、寺子屋で流布した『天神経』では、実道権現と号されました)
https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc23/tpc/tpc_tera1.html
最近では和歌の神様でもあることが判明したようですhttps://news.yahoo.co.jp/articles/e2571a8a0388a188e9f7fa2b048018864362756d
戦国武将の前田利家公や息子(養子)の利益(慶次)公も梅鉢の家紋です
前田利家公は菅原道真公の子孫だと自称していたそうです
正室(875年~不詳)と娘の文献とお墓が岩手県一関市に残されています
※私の父は岩手県生まれで岩手県出身で母が聴いた話によると牛小屋で産まれたみたいです
亡くなった父のお墓は面白いことに意図せず梅花の郷という場所にあります
最近ではフィクションではありますが、漫画やアニメになっています
呪術廻戦の五条悟と乙骨憂太が菅原道真公の子孫として描かれています
そして 貫牛(かんぎゅう)という巨大な黒い牛の式神も登場します
菅原道真公は天神様とも呼ばれ、梅干しの種の中にある実のことを天神様と呼びます
詳しくはこちらのサイトが分かりやすいです
またわらべ歌の「通りゃんせ」の歌詞に出てくる天神様も菅原道真公のことを指しています
天満宮は何の神様か?
文道の大祖、文学・詩歌・書道・芸能の神、あるいは慈悲の神として崇められるようになりました
天満大自在天神(日本太政威徳天)としては
火雷天神、仏法神としても祀られています
主に学業・豊穣の神として祀られてるが、多種多様な面で信仰されています
仏教の大自在天(大威徳明王)はヒンドゥー教の最強神シヴァ神で破壊と再生の神様です(牛を乗り物としてます)
※バイラヴァとは、インド神話の主神の一柱であるシヴァ神の最も強暴な面「バイラヴァ」のこと
大自在天もまた牛に乗った姿で描かれています
※詳しくは本地垂迹や神仏習合を調べてみてください
道真公は、学問だけでなく武芸にも秀でていたことから、武神としても信仰され、
慈悲 / 正直・至誠 / 儒教・禅・忠義 / 和魂漢才・和魂洋才(これらの面は特に、高杉晋作・野村望東尼ら幕末の維新志士たちにより信仰された) / 和歌・連歌 / 芸能・茶道 / 馬術 / 厄除・病除 / 火除・雷除 / 書道・筆 / 長寿 / 交通安全 / 縁結び・縁切り / 商売 / 子宝の神、
または、冤罪を晴らす神、極楽往生、海難除け(渡唐天神伝説による)、怨敵調伏、戦勝祈願、王城・国家鎮護(三十番神)、鬼門(天満宮は、主に鬼門の方角に建てられた。)
・魔封じ(北野天満宮には、武運や刀工技術向上の他に、魔剣や妖刀を封じるために、約80振もの御神刀が奉納されている)
土地神、伽藍神、仏法守護、子供の守護神(江戸時代頃より、全国各地で寺子屋や、天神講が行われるようになり、
また、天神人形(雛人形、五月人形など)が広まることにより、子供の守り神としての風習的な面が強くなっていった)
誓約神(御成敗式目で、順守の誓紙に掲げられた神仏の一柱)
など
歌舞伎の元祖とされる出雲阿国一座は、北野天満宮に歌舞伎を奉納し、また、天満宮境内に歌舞伎小屋を建て興行していたという興行は満員御礼の大成功をおさめ、阿国は「天下一」の称号を確固たるものにしたという
人柄
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詩作にも官能的で優美な表現を取り入れており、宮廷詩では美人舞妓の踊り乱れた姿や、髪・肌・汗・香・化粧・衣などの様子を詩で仔細に鮮やかに表現しています
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ただし、常に浮かれていたわけではなく、特に盛り上がっている宴会のみで、普段の宴会では謹厳な態度を守り、自分の言行を抑える、というように二つの顔を使い分けていたといいます
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子煩悩で子供に関しての詩を多く残しており、菅家文草「夢阿満」では、“阿満”という一番可愛がっていた子が亡くなると、神仏を恨み世界から天地がなくなった、と嘆くほど悲しんでいます
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根っからの詩人で、詩が思い浮かぶとすぐさまその場で口ずさみながら、周りの物に書き付けるほどでした
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自身の人生について、昔の栄達していたときは、世俗の煩わしさに縛られ窮屈だったが、今は罪を問われて左遷され、荒廃したあばら屋に閉じ込められた不自由な暮らし、と大宰府で述懐していまいた
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どんな大量の黄金も、父祖から代々伝わった学識には遠く及ばない、としています
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「一国丸ごと買い取ってしまいたい」と評するほど、越州国の風景を気に入っていたといいます
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家族や気の置けない友人達との語らい、馬で自然を駆け巡ることなどを好んだが、大量の行政文書をかたづけるなど仕事に忙殺されることだけは嫌っていました
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菊の花も若い頃から栽培するほど好み、薔薇の美しさを、妖艶で人を虜にして惑わす妖魔と例えています
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これに、雪と月を加えた「雪月花」を好んだとされ、雪は女性の化粧や老人の白髪の表現に、月は美しさはさることながら、
正邪を照らしだす真澄鏡に例えたり、擬人化し「問秋月」「代月答」のように自己問答の形式で漢詩がつくられ、
月光を誰も知らない自身の心の奥底にある清廉潔白さを照らし出す光として 題材にされました
また丑年丑の日丑の刻生まれだったという伝承があり天満宮には牛の像が置かれています
