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縄文 出雲国の風に吹かれて
~日本神話・縄文時代・邪馬台国・おとぎ話を紐解く
2026.11.1Update
※辻褄が合うかどうかに色々な分野から視点を置いて考察した個人的な仮説となります
自分がそう思い込めばそれが真実になる世界です(解釈次第でいかようにも捉えられるため正しい間違っているとかはないです)
事実は自分の経験を元に判断するしかないです
縄文(神代)時代からの歴史
魏志倭人伝(中国の三国時代の魏)=陳寿が書いた三国志の中の倭人の話
発行日3世紀末(280年(呉の滅亡)- 297年(陳寿の没年)の間)
日本では魏の銅鏡100枚が送られたとあるが呉の銅鏡もなぜか発見されていて、呉では秦時代の徐福の子孫たちが日本で暮らしているという噂が商人たちの間でされていた
日本たどり着いたかは別として西暦230年(黄龍2年)
孫権は将軍の衛温(えいおん)と諸葛直(しょかつちょく)の2人に甲士(武装兵)1万人を与え、日本へ向け海上へ出撃させた
陳寿…三国志(正史)の作者。三国志のよく知られる方は三国志演義で脚色されたもの
出雲口伝=正史、日本神話=三国志演義のようにある程度、正史を元にして脚色されたものだと推測
邪馬台国=ヤマト国(都万・豊連合王国)のちの大和王権
卑弥呼(乙姫のモデル)=日の元の国の巫女・日巫女・姫巫女(ひみこ)
豊玉姫(二代目)&モモソ姫(初代)&豊姫(三代目)の役割り
日の巫女の女王 卑弥呼
豊玉姫=卑弥呼(日巫女)
九州豊国(宇佐)の姫巫女。イニエ王(崇神天皇)の后となり、九州と大和の架け橋となった存在。魏に使いを送り金印を授かる。最初に亡くなる。笹の葉を束ねて振るい桃の種を使って国家の吉凶を占い、悪しき力を祓っていた。骨鹿の肩甲骨(太占・ふとまに)を焼いてひび割れの形を見て吉凶を占う。
238年、魏に使者を送る→親魏倭王に任じられる
豊姫=台与(トヨ)
豊玉姫の遺志を継いだ13歳の宗女。元伊勢の祭祀を牽引した存在。
モモソ姫(初代日巫女)百襲姫
出雲・吉備系の血を引き、三輪山の神託を下した象徴的な女王。
政変で暗殺される。国内で日巫女として名が残る。
弟=オオタタネコ=初代:竹内宿禰=都市牛利
難升米(ナシメ)=タジマモリ(ヒボコ)
敵対する狗奴(クナ)国の王の卑弥弓呼=卑弥呼に弓をひく(敵対する)もの
狗奴国(クナト国)=西・東出雲王国
西出雲王国の王(大名持):遠津山崎帯(トーツヤマサキタリ)
狗古智卑狗(くこちひこ / きくちひこ)=東出雲の副王(少名彦)野見大田彦の可能性
247年〜248年頃(魏志の「正始8年」前後)
物部・豊連合軍が進軍=物部東征した話(8年続く)
同年247年、卑弥呼が亡くなる(墓もしくは邪馬台国は九州、宇佐神宮?)
蝦夷=大和朝廷に従わなかった人々の総称
台与(トヨ)=親魏和王・豊姫
=竹野媛(大倭姫命)ツキヨミの神=アメノウズメ=大筒木垂根王(竹取りの翁)の娘である迦具夜比売命(カグヤヒメ)=豊鋤入姫(トヨイリヒメ)=ウズメノミコト=アメノウズメ=複数いる天照のモデル
台与(トヨ)親魏和王・豊姫が受け継いでからようやく出雲国との決着がつく
天岩戸隠れの話
=女王の卑弥呼(豊玉姫)がなくなり隠れた、その後アメノウズメでもあるトヨ(豊姫)がその後を継いでアマテラスが再び現れたことだと推測
・かぐや姫のモデル
=邪馬台国の台与(トヨ)=親魏和王・豊姫=竹野媛:求婚するものたちは時代背景が違い壬申の乱関係者 場所は讃岐 トヨは宇佐月神信仰
宇佐神宮で祀られている比売大神は歴代姫巫女たち
宇佐神宮が八幡神社の総本山なのは魏から正始6年(245年)、卑弥呼が8本の黄色い旗をもらって八幡神社となったから
※八は出雲族の聖なる数
※黄色は五行で土を指し、火とされる赤の漢王朝を倒す色(なので黄巾の乱も黄色の布をかぶっていた)
・桃太郎のモデル
=オオキビツ彦(開化天皇)
ワカタケキビツ彦による鬼住山に籠った出雲族(温羅)を成敗した、砂鉄が採れる地だったため尻尾から剣が生まれる=八岐大蛇の話※八は出雲族の聖なる数
桃太郎のももは吉備国モモソ姫から
このことから鬼、牛鬼、八束脛(やつかはぎ)、土蜘蛛(出雲族のように手足が長く八本)等はすべて出雲族やその子孫たちだと推測
艮(うしとら)の金神=クナト王(国常立尊)も北東に追い出された出雲族(日高見国)で、それゆえ北東の方角が鬼門とされている
※八は出雲族の聖なる数
※裏鬼門が沖縄辺りになる
天満宮が都市や地域の「鬼門(北東)」の方位を抑えるために配置されている
土蜘蛛=長髄彦(ナガスネヒコ)≒タケミナカタと登美夜毘売(トミヤビメ)≒イスズヨリヒメ
大和の本当の先住権・主権を持っていた政権のリーダー
悪魔とされているのは大体敵国の神話の神のケースが多いことからも同じようなことが行われたと推測
例:バアル神→ベルゼブブ等
・浦島太郎のモデル
=崇神天皇(イニエ大王)=山幸彦=ヒコミホホデ・ホオリに浦島子(サホ彦の可能性あり)の話が混ざる(浦島伝説+竜宮伝説)
崇神天皇と豊玉姫(卑弥呼)の子がウガヤフキアエズ(鸕鷀草葺不合尊 / 天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命)=日子波限建ヒコナギサタケ
・乙姫のモデル
=邪馬台国の卑弥呼=宇那比姫命=豊玉姫
のぞかれた豊玉姫の姿が八尋の大鰐(やひろのおがわ:大きなワニまたはサメ(海人族を表す)
・一寸法師のモデル
=少彦名(冥界に行くので事代主八重波津身)
・この頃、蓬莱山と呼ばれていた山=富士山(不死山)
アラハバキ信仰(龍蛇信仰)
アラは龍神、ハバキはそれに見立て縄を巻き付けた木のこと
神話に出てくる龍はアラハバキ信仰の出雲族を表す
サイノカミ信仰(インドから来た出雲族の始祖たち)
クナト王=シヴァ(イザナギ同様世界をかき混ぜて創造)
サイノヒメ(天照大御神のモデルの大元)=サティ・パールバティ(イザナミのモデル)
猿田彦=ガネーシャ(象のように鼻の長い天狗=山伏)
賽の河原の伝承
石を積み上げる(大和族のピラミッド支配の象徴)、鬼が壊す(出雲族が反抗する)、賽の河原の賽はサイノカミの賽
造化三神(概念)
天之御中主神アメノミナカヌシ=大和国
神産巣日神カミムスヒ=出雲国
高御産巣日神タカミムスヒ=日高見国
天之常立神(アメノトコタチ)=雨村雲?
宇摩志阿斯訶備比古遅(ウマシアシカビヒコヂ)=徐福?
三貴子
アマテラス(太陽)=太陽信仰の日巫女たち(向津姫)
スサノオ(海)=徐福ら渡来人、海人族(海部氏、物部氏)
ツクヨミ(月)=月信仰、宇佐族 オモイカネ尊(宇狭津彦)
瀬織津姫=出雲族の姫巫女たち(向津姫ムカツヒメ)
三種の神器
八咫鏡(やたのかがみ)…太陽の巫女の象徴
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
八は出雲族の聖なる数
草薙剣(くさなぎのつるぎ/天叢雲剣)…クナト王の鉾を真似て造られたもの
国譲りの話
私の治めていた目に見える現実世界(顕世・あらわしよ)の統治権は、天津神(天孫)にお譲りします。これからは、私は目に見えない霊的世界(幽世・かくりよ)に隠退し、そこから万物の縁結びや霊的な守護を司ります
というのは出雲族が隠され裏の存在になり大和族が表の存在として現実世界の統治権を奪ったこと
神武東征=実際は物部東征
因幡の白兎の話
オオナモチ=大国主=大物主(八千矛)
ヤガミヒメ=八坂刀売(因幡の白兎の話の宇佐族ヤガミヒメ
ウサギ=月信仰の宇佐族、ワニ(サメ)=海人族
カミムスヒ=クナト王
八十神※八は出雲の聖なる数
日本に昔から残こるシュメールやユダヤ・キリスト教的なものは、日ユ同祖ではなくユダヤの子孫である徐福や弓月君、秦氏たちによるものだと推測
日本神話が作られた時代は他の神話(北欧神話を除く)より遅いため色々な他の神話も取り入れられているように感じる
実際の人物から造られた古事記や日本書紀の神たちは色々な人物の存在が一人にまとめられて登場時期や親子関係も滅茶苦茶なので一人の人物としての特定は不可能
日本神話で意図的に個人の存在を隠されり改変されたと思われる大和王権にとって不都合な存在たち
クナト王(国常立尊)、ムカツヒメたち(瀬織津姫)、徐福(素戔嗚、ニギハヤヒ、ニニギノミコト、ホアカリ)、雨村雲(最初の大王で神武天皇のモデルのひとり)、豊玉姫(卑弥呼)、トヨ(豊姫)、八千矛(大国主)、八重波津身(事代主・少彦名)等
豆知識
賢者の石=辰砂(しんしゃ)
オリハルコン=真鍮(しんちゅう)
詳細は以下↓
インド(ガンダーラ)から日本にきたクナ国の王たち
・イザナギのモデル(クナト大神=久那戸神=神魂神(カミムスヒ)=大山祇命(蛇神)=国常立尊
・イザナミのモデル(幸姫命=佐比売・幸売=八岐比売(やちまたひめ)=サイノヒメ)=太陽の女神=瀬織津姫=御歳神=天照大御神※八は出雲族の聖なる数
アラハバキ=アラが龍神を意味しハバキはそれを木に巻き付けたもの
ミジャクジ様=サイノカミ
※アイヌ語で男性女性のシンボルがそれぞれ、クナト、アラハバキ
Wikipedia「アラハバキ」
アイヌ人は縄文+オホーツク系の遺伝子
命(ミコト)/尊・尊い存在
姫ひめ / 媛・比売・毘売
登美夜姫トミヤヒメ / 三嶋溝杙姫・登美比売=出雲の姫の総称
彦ひこ / 日子・比古
登美の長髄彦ナガスネヒコ=中曽大根彦=出雲の王子の総称
大彦/おおひこは王子のこと
宿禰/すくね ・すくなとは古代の姓(かばね)の一つで少彦名と関連
富家(トミ家)=十三=登美家=後の野見家→土帥家(はじ)→菅原家と大江家に
菅原氏→菅原道真につながる
大江氏→毛利元就につながる
この頃を書いた歴史書では春分で1年、秋分で1年なので、現在の1年で2歳になる計算

<縄文(神代)時代からの時系列>
縄文(神代)時代は争いが極端に少なかった
草創期:約16000~11500年前
氷河期が終わりに向かい、暖かくなり始めた時期
暮らし:人類最古級の土岐(無文土器や豆粒文土器)が登場
まだ移動しながらの狩猟・採集が中心
早期:約11500~7000年前
急激な温暖化が進み、現在と近い気候へ
暮らし:尖底土器が使われ、竪穴住居による定住生活が定着
海面が上昇し、貝塚が形成され始める
前期:約7000~5500年前
気候が最も温暖になった時期(海面が今より数メートル高かった)
暮らし:丸底や平底の土器が主流に
日本列島各地に集落が広がり、丸木舟を使った海上貿易・沿岸漁業が盛んに
中期:約5500~4500年前
気候・文化ともに縄文時代の最盛期
暮らし:中部高地や関東を中心に「火焔型土器」等に代表される豪華で立体的な装飾土器がつくられる
大型の定住集落が栄えた時期
後期:約4500~3300年前
徐々に寒冷化が進み、気候が不安定に
暮らし:集落が小規模に分散し、土器は実用的な薄手・精巧なデザイン(注口土器)へ変化。配石遺構やストーンサークル等、祭祀・宗教的な道具や施設が発達
晩期:約3300~2800年前
さらなる寒冷化と海面低下
暮らし:西日本から本格的な水稲工作の技術が伝わり始め、弥生時代への移行期
亀ヶ岡式土器や遮光器土偶等が作られた時期
1.国名のない出雲族が来る前の先住民
元々先に日本列島に住んでいた太陽、月、海、水、大地など、自然そのものを恐れ敬うアニミズム信仰の人々が山岳地帯に住んでいた(ホピ族同様攻め込まれにくい山岳地帯に住むことで淘汰を逃れる)
遺伝子的にチベットにも縄文の遺伝子が残ってることを考えると多くの地域に縄文人と同じ民族がいて言語も似たようなものが使われていた可能性あり(タミル語も含む)※チベットや日本以外の縄文民族は統合され縄文遺伝子が確認できないくらいに薄まったと推測
所有や結婚という概念がなく子供をみんなで育てていた
分離比較競争がなかったため分け合い協力し合っていて争いが極端に少なかった
大木や大岩等の自然物を崇拝
黒曜石や琥珀・毛皮といった資源
特徴:体に刺青
相棒の動物は犬(狩猟に役立つ生き物)鹿やイノシシ等を狩る
アイヌ民族=蝦夷(エゾ)→縄文系+オホーツク系のDNA
2.出雲(出芽)王朝[狗奴(くな)国、後の蝦夷(えみし)=出雲+エゾ、サンカ、出雲阿国、歩き(口寄せ)巫女、山伏、イタコ(青森)、ユタ(沖縄)] 出雲・諏訪・蝦夷・熊襲・隼人・サンカ
13の国(今でいう県)がまとまって出来た王朝
出雲国、宇佐国(豊国)、吉備国、越国、丹波国、紀伊国等
出雲国
連合の中枢(本国)。現在の島根県東部を中心に、政治・祭祀の中心機能を担っていた
宇佐国 / 豊国
九州東部(現在の大分県周辺)。月神信仰の拠点であり、大陸や南部九州との窓口、そして後に大和王権と結びつく重要な要衝
吉備国
現在の岡山県・広島県東部あたり。鉄器の生産や高度な農業技術を持ち、初代卑弥呼とされるモモソ姫とも深い繋がりがあった強力な勢力圏
越国
北陸地方、福井、石川、富山、新潟といった日本海側の広大なエリア。翡翠(ひすい)の流通や大陸との交易ルートを握り、出雲と非常に強い絆で結ばれていた
丹波国
京都府北部から兵庫県北部にかけての一帯。山陰と畿内を結ぶ交通の要衝であり、出雲の神々や文化が深く根付いていた地域
紀伊国 / 熊野
紀伊半島南部。海人(あま)のネットワークや海上交通を支え、独自の神々(クナト大神など)を祀る古い祭祀圏を持っていた
国津神(クナト→クニツ)
島根の出雲(紀元前660~紀元258年or248年) 言語:タミル語(母音が日本語と同じ)
初代出雲国王
クナ国(ガンダーラ)のクナト王(久那斗神・岐神・塞の神=久那戸神=久那斗大神=神魂神(カミムスヒ)=大山祇命(蛇神)=国常立尊)
インド→ゴビ砂漠→バイカル湖→北海道方面から
インダス文明のクナト王たちドラヴィダ族が1の人々に加わる
妻:サイノヒメ=瀬織津姫=八十禍津日神
民族の祖霊を守護神として崇め、子孫繁栄を祈り自然や太陽を祀るサイノカミ信仰、八を神聖な数とする
最初は獣の歯に穴をあけ宝の勾玉が作られる(後に翡翠等に変わる)
勾玉は胎児の姿や魂を表しているといわれているお守り
勾玉の種類…和魂(にぎたま)、荒魂(あらみたま)
後の時代に加えられたもの→幸魂(さちみたま)、奇魂(くしみたま)
財筋(たからすじ)…宝(勾玉)をもつ出雲族の祭祀を司っていた直系の子孫、サンカ
身体的特徴:身長は弥生人より低く手足が長い(登美の長髄彦ナガスネヒコや手名椎(手長)・足名椎(足長)もそこから)
太陽信仰、男性が統治し女性が祭祀を司る日の巫女
龍蛇神信仰(アラハバキ。ワニ、コブラ。日本にはワニがいなかったのでワニの代わりにサメ、コブラの代わりに蛇)
神社のしめ縄も二匹の蛇が交尾していることを示す=子孫繁栄
八重垣(出雲王国の法律)=一夫一妻制等
4000年前ごろの縄文時代→出雲の川で黒い砂鉄を見つけここに落ち着き出雲(出芽)王国
※出雲族は春分・秋分の日を元日として半年を1年と数えたため
年齢は現代人の倍になる
伝来:製鉄(蹈鞴タタラ製鉄)、陸稲
出雲滅亡後、各地に散った人々=散自出雲=散家=山家(サンカ)
サンカ=財筋、縄文時代とほぼ同じような生活スタイル
使っていた文字は神代文字と酷似
サンカを調べていた柳田國男を始めとする民俗学者がいずれも調べるのを止めたのは出雲族や皇族の事実のタブーにたどり着いたためだと推測
神代文字で書かれた文献が偽書とされているのもそのため(大和王権ベースの国にとって不都合な事実)と推測
以前は不敬罪があったが1947年(昭和22年)に廃止
出雲族
姫巫女(祭主)=日巫女=向津姫ムカツヒメ(向家)=瀬織津姫
大名持(大王)と少彦名(副王)
母系を重んじる(なので土偶は女性の姿)
土偶が壊れた状態で見つかるのは、土偶を自身に見立て体の悪い部分が治るよう祈りを込め壊したと考えられる
東出雲王家(勾玉=富家・登美)と西出雲王家(砂鉄=郷戸家)
大名持(オオナムチ)は年長者で大王、少名彦(スクナヒコ)は年少者で副王の役職名
大国主=大物主(八千矛)大名持 事代主(八重波津身)少名彦
大寒波により7万人にまで減り食料危機のため水田に切り替え所有や国の概念が出来る(2000年前ごろの縄文時代)
水田になってからの相棒の動物は猫(ネズミから米を守る生き物)
3.大和王朝[邪馬台(ヤマト)国含む] 天津神 奈良の大和
好戦的な渡来人
アメノホヒとタケヒナドリ親子が視察に訪れヤチホコ、高照姫(下照姫)が迎える大国主に青銅器を献上→大名持に仕える
出雲王家に銅鐸の文化を持ち込む
父系文化
弥生時代(紀元前数世紀から3世紀ごろ)
牛・馬・豚・ニワトリ・猫はこの時代から
紀元前219年、中国、秦の始皇帝から送られ不老不死の薬を求めて秦族の海童とともに日本列島にやってきた
斉の国(王族の田氏)の皇子徐福=徐市(じょふつ=フツヌシ)=(スサノオ)ら中国系渡来人が九州方面から加わり国をまとめる=その子孫たちが後の大和王権につながる
伝来:水稲耕作技術、金属器(青銅器、鉄器)、土木技術、神仙思想
高度な暦、冶金、医学、そして天体・太陽祭祀
徐福の系譜:蓬莱信仰
ユダヤ由来の星神(北斗七星)信仰=道教
7を聖なる数とする(七夕等)
宇佐の月神信仰(ツクヨミ)のヒメミコを頂く
物部 道教の星神信仰 「天津甕星」(アマツミカボシ)「天香香背男」(アマノカガセオ)
徐福(スサノオ=天火明ホアカリ=饒速日ニギハヤヒ=ニニギノミコト):和国で王になるためやってきた
十種神宝を徐福系統に渡す
(宮下文書=徐福は関東に来ていないし徐福や子孫が書いたものなので偽のエピソードの可能性が高い)
「不老不死の仙人が住む蓬莱山」=富士山(不死の山)
・出航1回目 徐福一行 山口県
秦の統制や混乱を避けて、本土の西端付近に小規模グループがたどり着く
・出航2回目BC219年: 徐福一行(連れてきた後の秦ハタ族) 島根
ホアカリと名乗る
徐福の渡航を支援したのは安曇(あづみ)族(ワダツミ)
大国主=八千予・多岐津姫(宗像三女神)の娘 高照姫を妻に
徐福(火明)+高照姫(道姫)と政略結婚 木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)=瀬織津姫のモデルのひとり
子:五十猛イソベタケル(天香語山(アメノカゴヤマ)=海香語山=海幸彦(隼人の祖先)=大禍津日神
(海アマ家=海部氏始祖)
五十猛の弟:アジスキタカホコ(鴨家の祖先カモノオオオイカミ)
その子:タギツヒコ(高鴨家の祖)
大国主(八千予)と事代主(八重波津身)を徐福(ホアカリ)の命令で部下のアメノホヒとタケヒナドリ親子が暗殺(拉致し洞窟で餓死)して徐福は秦国へ逃亡
残された秦族と五十猛は国内を逃げて海部氏に
=国譲り
・出航3回目 BC210年:徐福一行(連れてきた後の物部氏)佐賀→有明海
ニギハヤヒとなる
徐福(饒速日)+元宇佐津彦の妻市杵嶋姫(宗像家三女神)宇佐系女性祖神(宇狭津姫)=豊受大神=サヨリヒメ=瀬織津姫のモデルのひとり
子:彦火火出見(ヒコホホデ)物部氏始祖=次男=海長屋命(山幸彦)・穂屋姫(ホヤヒメ)
その子:宇摩志麻遅(ウマシマジ)
朝鮮半島から3度目の渡来、3000人を率いて1度目の子孫(五十猛)ら海部族と合流する
五十猛、大屋津姫、抓津(都麻津)姫命の三兄弟
海部家 五十猛(海香語山)と穂屋姫(ホヤヒメ)の子→海村雲(天村雲命)アメノヌラクモ(初代大王=神武天皇のモデル)
五十猛(海香語山)と大屋姫の子→高倉下(紀国造家の始祖:尾張家・紀氏)、長女:御歳(ミトシ)
筑秦国(=筑紫国)王ニギハヤヒ(=スサノオ)の子
ヒコミホホデ=ヒコホホデミ(山幸彦)=物部家
その子ウガヤフキアエズ=ヒコナギサタケ
その孫 宇摩志麻遅(ウマシマジ)(物部氏の始祖)
10代から13代大王
イツセ・ウマシマジ(第一次物部東征)イニエ(第二次物部東征)
大和王朝(磯城王朝→物部王朝) もののふ武士→もののべ(武力・軍事・祭祀を担った氏族で剣を重視)
物部王国=不弥国?
ヤマト王国初代大王 海村雲(天村雲命アメノヌラクモノミコト)磐余彦(いわれひこ)
尾張家の祖
BC2世紀中期 皇居:葛城高丘宮 海部王朝
五十猛(海香語山)と穂屋姫(ホヤヒメ)の子
天叢雲剣はクナト王がインドから持ってきた鉾を剣に見立てた造られたもの
草を薙ぎ払ったことで草薙の剣に変わる
出雲王から送られた三種の神器の大王の剣 草薙の剣=天叢雲剣
妻:姫巫女 媛蹈鞴五十鈴媛(タタライスズ姫) =イスケヨリヒメ=玉依姫=伊加里姫イカリヒメ(富家)
妹:ミトシ
神武天皇は架空人物
葛城に拠点を置く(三輪山の事代主の娘で姫巫女のタタラシズ姫と出会う)
父事代主を天香久山に祀る
母はセヤタタラヒメ
富家に婿入り 妻:姫巫女 媛蹈鞴五十鈴媛(タタライスズ姫) =イスケヨリヒメ=玉依姫=伊加里姫イカリヒメ(富家)
母方の血筋がすべて出雲王家の姫皇女(母は出雲最後の后)
東出雲王家(=富家)と西出雲王家(=郷戸家)の分家一族とと一緒にヤマトに入り、開拓を行い葛城山の東麓と南麓にそれぞれ入植
葛城地域に古くから鎮座する神社(鴨都波神社、一言主神社、高鴨神社、御歳神社)いずれも出雲の神を祭神
※飛鳥時代に大王から天皇に変更、王子=皇子
2代 綏靖天皇(沼川耳ヌナカワミミ大王)妻:伊賀色許売命(いがのしこめのみこと)=五十鈴依姫
BC1世紀終期 皇居:葛城高丘宮 海部王朝
3代 安寧天皇(玉手看シキツヒコ大王)妻:渟名底仲媛命(ぬなそコナカツヒメノミこと)ここから磯城王朝
母方である出雲の影響力が強くなった
BC1世紀中期 皇居:片塩浮乳宮 磯城王朝
3代シキツヒコ大王から9代オオヒビ大王まで 磯城王朝
4代 懿徳天皇 耜友(スキトモ / スキツミ大王)妻:天豊津媛命(あまとよつひめノみこと)
BC1世紀初期 皇居:掖上池心宮 磯城王朝
5代 孝昭天皇(カツヒコ大王)妻:尾張家 世襲足媛(よそたらしひめ)
この時代に内乱:登美家、磯城家、海部家、高鴨家で勢力争い
AC1世紀中期 皇居:軽曲峡宮 磯城王朝
6代 孝安天皇(タシヒコ大王) 妻:姪押媛(めいののおしひめ)
AC1世紀後期 皇居:室秋津島宮 磯城王朝
後漢に自ら趣き、安帝に謁見、後漢の属国に
7代 孝霊天皇(フトニ大王)=吉備大王 妻:細媛命(ほそひめのみこと)側室?ハエイロド姫
子:ハエイロド姫との間に若武吉備津彦 細姫との間に大吉備津彦
娘:倭迹迹日百襲姫モモソ姫(初代卑弥呼)
AC2世紀初期 皇居:庵戸宮 磯城王朝
倭国大乱が起きる(147~188年ごろ)=三つの大きな争い
1.大和豪族による権力闘争
2.吉備による出雲侵略(銅剣・銅鐸の没収)
3.九州物部勢力による第一次物部東征(165年)
吉備国建国
フトニ大王の吉備国を建国した話が昔ばなし「桃太郎」(第一次出雲戦争)
フトニの息子オオキビツ彦とワカタケキビツ彦による吉備平定
「犬・猿・キジ」も、実際には従軍した有力な地元集団や部族(犬養部・猿養部など)の伴造(とものみやつこ)の職能名
鬼は出雲軍のこと
ヤマトの争乱を嫌気して吉備へ移住
八岐大蛇の話は吉備国が出雲のオロチ族を制圧した話(酒に酔わせて)
温羅(うら)伝説
第8代 孝元天皇(クニクル大王) 妻:正室クニアレヒメ(登美家)
側室:物部家の欝色謎命(うつしこめのみこと)星神信仰
正室の子:登美の長髄彦ナガスネヒコ=中曽大根彦≒タケミナカタ
オオヒビ(開化天皇)=大吉備津彦(桃太郎のモデル)
妹:三嶋溝杙姫・登美夜姫(トミヤヒメ) ≒イスズヨリヒメ
子:姫巫女の女王 卑弥呼150年頃に生まれる(三輪山の最高斎王)豊玉姫
(第9代富家当主:大田田根子が推挙)
孫が武内宿禰
AC2世紀中期 皇居:軽境原宮 磯城王朝
ナガスネヒコと海部氏は物部氏に負ける(登美の長髄彦ナガスネヒコはアラハバキ龍蛇信仰を北陸クナ(ト)国(後の日高見国)へ伝え、子孫の安倍氏(→安東氏)により東北にも根ずく)蝦夷(エミシ)=恵比寿
日高見国[蝦夷エミシ・毛人]→ナガスネヒコ(≒タケミナカタ)が北陸で起こしたクナト国)エゾ+出雲族 北上川辺り
エミシには伊治呰麻呂(これはりのあざまろ)等がいる
後の大墓公阿弖流為(アテルイ)・盤具母禮(母礼)(モレ)たちの国
最初の征夷大将軍:坂上田村麻呂に負ける
248年ごろ、物部・豊連合軍が山陰瀬都内方面に進軍=第二次物部東征(8年続く)
9代 開化天皇(オオヒビ大王)正室:倭迹迹日百襲姫モモソ姫(姫巫女)=伊香色謎命(いかがしこめのみこと) 母:クニアレ姫(登美家)
倭迹迹日百襲姫モモソ姫、伊香色謎命(いかがしこめのみこと)姫巫女
物部勢力によりモモソ姫は背後から突き刺される(=箸が陰部に刺さって亡くなった話)
AC2世紀後期 皇居:春日率川宮 磯城王朝
9代までは出雲王家の血をひく出雲色の強いヤマト王国
10代 崇神天皇(イニエ大王)=山幸彦 ニニギノミコト=ミマキリイヒコ ここから物部王朝 初代天皇
妻 御間城姫(みまきひめ)=阿多津姫(=木花開耶姫)垂仁天皇イクメ大王を出産後すぐに亡くなる
側室:豊玉トヨタマ姫
=姫巫女:卑弥呼=竜宮の乙姫=宇那比姫命(大倭姫命=アマテラスのモデル)=豊玉姫
(海部氏系図より天造日女命(あめのみちひめみこと)=宇那比姫命(うなびひめみこと)=大倭姫命おおやまとひめのみこと=大海靈姫命(おおあまひるめひめのみこと)=日女命(ひめみこと)
宇佐家の巫女、安芸国で亡くなる(宮島に仮埋葬)
オオタタネコ=竹内宿禰が登美家9代当主として卑弥呼を助ける
韓国語が出来るヒボコ(日矛王子)の子孫:タジマモリとオオタネを魏へ→親魏倭王
ヒボコ王子=出雲の長浜につくが出雲王国の大国主の条件に従わなったためしばらく海上に住む(神床家始祖)
神功皇后はヒボコの子孫
243.245.247年にも魏へ使いを送る
魏からの黄色の8本の旗=八幡神社(本宮が宇佐(月神)神宮)
AC3世紀初期 皇居:磯城瑞籬宮(シキノミズガキノミヤ) 物部王朝
→都万国(つまこく)を作る 銅鐸から銅鏡の時代へ
娘 邪馬台国の台与(トヨ)=親魏和王・豊姫=竹野媛(大倭姫命)ツキヨミの神=アメノウズメ=トヨキイリ姫(宇佐月神信仰)
弟はトヨ彦(イヨキイリ彦)=ウガヤフキアエズ
浦島太郎(山幸彦=ヒコミホホデ・ホオリ)の龍宮の乙姫(豊玉姫)=卑弥呼の正体:八尋和邇のサメやワニは出雲王国の龍蛇神(水)信仰
子供:ヒコナギサタケとトヨタマ姫の妹のタマヨリ姫との間にイツセが生まれる
「潮満珠(しおみつたま)」と「潮涸珠(しおひつたま)」という呪術的な「宝の玉(箱)」が玉手箱、それを使って地上の兄(ホデリ=海幸彦=隼人の祖)を屈服
248年、物部家・豊連合軍が進軍(8年続く)
総大将トヨタマ姫:主力イクメ王の物部の軍艦+タジマモリ軍
途中でトヨタマ姫の卑弥呼が病気になり同年死去
11代 垂仁天皇(イクメ大王) 妻:狭穂媛命(さほひめのこと)サホ姫
後に 日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)ヒバス姫を后に=オオヒルメムチ→太陽信仰 再婚の子:ホムツワケ
イニエ大王(ニニギノミコト)とアタツ姫(コノハナサクヤヒメ)の子供
邪馬台国の台与(トヨ)=親魏和王・豊姫=竹野媛(大倭姫命)ツキヨミの神=アメノウズメ=ワカヒルメムチ
魏の軍事顧問 張政によりトヨタマ姫(卑弥呼)の後継者として指名される
吉備王国を滅ぼす
物部朝倉彦軍+豊軍は西出雲王国→滅亡
タジマモリ軍+物部十千根軍は東出雲王国(登美家)を攻め降伏させる(登美家は後に野見家と名乗る)=国譲り
開化天皇が治めヒコイマス大王(磯城王朝)が継いだ大和に進軍
タジマモリ軍が1番にイクメ軍が2番に攻めるvsサホ彦軍
タジマモリがサホ彦と手を結ぶ
出雲軍(野見大田彦 宿儺)がタジマモリ軍を追い払う(相撲伝承)
野見宿禰は播磨でタジマモリ関係者により毒殺
イクメ大王はサホ彦と休戦し、サコ姫=オオヒルメムチ(太陽信仰)を后にする
トヨヒコにより、イクメ大王とサコ姫は別れる
トヨヒコが加茂家を襲撃
サホ彦が日下部(くさかべ)と名を変える
トヨはイクメ王の刺客によって暗殺される
かぐや姫の物語=邪馬台国のトヨの話
月神信仰(豊国)の人気を垂仁天皇は恐れ豊鋤入姫を追い払った(
複数の妻の一人がトヨで大筒木垂根王(竹取りの翁)の娘である迦具夜比売命(カグヤヒメ)=豊鋤入姫(トヨイリヒメ)=ウズメノミコト=アメノウズメ
曾祖母が天豊姫=竹野媛(大倭姫命)=卑弥呼
かぐや姫はトヨ 羽衣伝説も
「無理難題」のエピソードは、物語が成立した平安時代初期の時の権力者に対する強烈な政治風刺
ヒバス姫の娘が太陽信仰の大和(倭)姫で伊勢へ(伊勢神宮)
出雲向家の姫
イクメはさらにヤマトまで攻め上り
9代 開化天皇(オオヒビ大王)からヤマト王権の禅譲を受けた
出雲色の強いヤマト王国と、本家の出雲王国の両方を物部イクメ王朝が滅ぼした
物部イクメ大王とヤマト磯城王朝オオヒビ大王の男系の先祖は、
同じスサノオ(徐福=ホアカリ=ニギハヤヒ)で繋がっていた
日本神話は斉国の皇子:徐福や連れてきた人々その子孫たちによる武力や政略結婚・暗殺による乗っ取りの話(時の朝廷(=当時の大和政権やまとせいけん)藤原不比等が意図をもって編纂したもの)
記紀は、村雲は隠され第一次物部東征のウマシマジ(イワレ彦)の事績と
第二次物部東征の10代イニエ大王と11代イクメ大王の事績を統合した象徴として
カムヤマトイワレビコ(=神武天皇)を創作し初代の大王とし
2代 綏靖天皇(ヌナカワミミ大王)から
9代 開化天皇(オオヒビ大王)までの磯城王朝に関する事績も併せて消された
初代神武天皇の美称「ハツクニシラススメラミコト」
=10代 崇神天皇(イニエ大王)の美称「ハツクニシラススメラミコト」(神武天皇と崇神天皇(実際の事績は垂仁天皇を含む)が同じ人格・神格)
中層(古墳時代〜)
英雄神・国譲り・出雲系の神話 大和朝廷が勢力を拡大していく過程で、各地の強力な豪族(出雲勢力や物部氏など)が持っていた神話を取り込み、「国譲り」という形で中央(天孫系)に服属させるドラマへと書き換えられたエピソード群
出雲神話などはこの中層
12代 景行天皇(大王)
子:ハリマタケル(ヤマトタケル)
表層(飛鳥・奈良時代)
天孫降臨と天皇家の血統神話 アマテラスを最高神とし、その血統が途切れなく現在まで続いていることを示すためのフィナーレ(天孫降臨から神武東征へ至るライン)が、国家統一のイデオロギーとして一番最後に強力に追加・整理された
「神話の最初」だと思っているイザナギ・イザナミの黄泉の国くだりやアマテラスの岩戸隠れも、実は日本が国家としてまとまる過程で、地方の古いバラバラの伝承を巧みに縫い合わせて「こういう順番の歴史でした」と再構築されたもの
邪馬台国=大和国[邪馬壹国]太陽信仰=三国時代の魏の属領
卑弥呼=宇那比姫命 (大倭姫命=アマテラスのモデル)=豊玉姫=乙姫
(海部氏系図より天造日女命(あめのみちひめみこと)=宇那比姫命(うなびひめみこと)=大倭姫命おおやまとひめのみこと=大海靈姫命(おおあまひるめひめのみこと)=日女命(ひめみこと)
238年女王に247年暗殺により死去(248年タキリ宮で病死?)
対立していた狗奴国(クナ国)は古代出雲王国側
男王、卑彌弓呼(ひみゆこ)クコチヒコ
8代孝元天皇(クニクル大王)の皇子 母親がトミ家の姫
中曽大根彦(ナガスネヒコ)が作った国
日子坐王 日本得魂命 対 陸耳御笠(玖賀耳御笠)(くがみみのみうけ)匹女 土蜘蛛(蜘蛛は足が8本=古代出雲王国系)両面宿儺も同じ
丹後国青葉山→大江山
最後までイクメ大王に抵抗した人物で最終的には、力尽き東国(信濃)へ退く、その東国で新たにクナト国=狗奴国を建国
(弥生時代の終わり頃)
台与(トヨ)=天豊姫命(あまとよひめのみこと)=竹野媛=豊来入姫(トヨキイリ姫)=金印を授かった豊玉姫
丹波大県主(丹後初代国王)の由碁理(ユゴリ、=建諸隅命、天火明命七世孫)の子
宇佐の月神信仰
(大倭姫命=アマテラスのモデル)
母 … 諸見己姫 夫 … 開化天皇 子 … 彦湯牟須美命
勾玉、銅鐸→銅鏡 剣が継承の宝に変わる 武力の八幡信仰に
4.そこにユダヤ系の子孫 秦の始皇帝の子孫の融通王=弓月君(弓月王)率いる渡来人が奈良に降り立ち加わる(古墳・飛鳥時代)秦氏・漢氏、漢族(4~8世紀ごろ)
伝来:土木治水(川の氾濫を防ぐ土木技術)、養蚕・絹織物、最新の祭祀や財政システム、仏教、儒教、漢字、法制度
稲荷信仰
相棒の動物は連れてきた馬
秦河勝が聖徳太子(上宮大使=厩戸王=皇子)らとともに仏教を推し進め物部氏らと対立
国常立尊クナト・アラハバキ等の神は艮の金神そのため北東に封じられてるため鬼門が北東とされている
彼らの一族は幸の神(さいのかみ)として祀られる
クナト王とサイヒメの子が猿田彦大神(サルタヒコ)で三位一体
クナト王=シヴァ、后サイヒメ=パールバティー、子神サルタヒコ=ガネーシャ(象・天狗鼻の大きなもの)の関係性に当てはめられる
サイヒメ(天照+瀬織津姫の役割りも統合)=倭姫
1国常立(久那斗大神)クナト王
2八島篠=八島士奴美神
3布葉之文字巧為=布波能母遅久奴須奴神
(主王系図で4代に相当)
4八束水臣津野(主王系図で6代に相当)
5赤衾伊努意保須美比古佐倭気
6八千矛(大国主。主王系図で8代に相当)大国主の子=タケミナカタ その妻:八坂刀売(因幡の白兎の話の宇佐族ヤガミヒメ=スセリヒメ)=多岐津姫(宗像家)
7阿遅須枳高日子
8鹽冶毘古能
9速甕之多気佐波夜遅奴美
(主王系図で11代に相当)
10甕主彦(主王系図で12代に相当)
11身櫓浪(主王系図で14代に相当)
12遠津山崎帯
(主王系図で17代に相当。ここで西出雲王家滅亡)258年
13出雲(神門)振禰(出雲国造家系譜で第11世)
白兎=菟狭族=宇佐家がまとめた一族で月神信仰をもつ=月のうさぎ
豊王国勢力(宇佐家の兎上王)
クナトノ大神は日本人全体の先祖にして、神々の親「むすびの神」として神魂神とも呼ばれ、後にイザナギに神名を変えられた
幸姫命(サイヒメ)はチマタの神として、四方八方に伸びる道や太陽の光を表し、ヤマトの三輪山では太陽神として祀られ
後にはイザナミに神名を変えられている
サルタ彦大神はインドの象神・ガネーシャであり、日本神話の猿田彦も鼻の長い天狗のような容姿で表され
村境や峠、境の川橋に祀られ、賊や悪霊を防ぐ道の神とされている
竜神はサイノカミ(=アラハバキ)の従属神とされ、出雲族は竜神(アラ)をワラで作り木に巻き付けて拝むようになりました
巻き付けられた木は御神木とされ「斎の木(ハバキ)」
セグロウミヘビには六角のウロコ模様を持っていたため、出雲で六角形は聖なる形とされ、出雲の神社の神紋に竜鱗紋として使用されている
亀甲紋=龍の鱗
同じ内容を三島鴨神社も語っていて、それは三島鴨神社が出雲王国の王族だったから
神=カモ=加茂家(古代出雲王家の分家筋)=鴨
八咫烏(太陽信仰)大田田根子(オオタタネコ)=加茂建角身命
妻:イカコヤヒメ(出雲の姫巫女) 子:玉依彦・玉依姫
熊野神社 天の羽衣(鳥の衣装)=出雲系の祭祀が秦氏等に乗っ取られる
天の羽衣(鳥のような衣装)伝説も縄文族(加茂氏)の天の羽衣が弥生古墳系(秦氏)にとられてしまった話と推測
クナ国は龍蛇神信仰(日本にはワニ(川の神)、コブラ(森の神)がいなかったため鮫や海蛇とさせることも)、天の羽衣を取られた天女は龍になり天に戻る
古代出雲王家(=葦原中国あしはらのなかつくに)銅鐸圏
出雲国造家系譜
始祖 天穂日命(あめのほひのみこと)徐福を迎える
第2世 武夷鳥命(たけひなどり)
第3世 伊佐我命(イサガノミコト)
第4世 津狭命
第5世 櫛瓺前命(くしみかさき)
第6世 櫛月命
第7世 櫛瓺鳥海命(くしみかとりみ)
第8世 櫛田命(クシナダヒメ)
第9世 知理命
第10世 世毛呂須命
第11世 阿多命 別名:出雲振根
第12世 氏祖命(おほし)初代出雲国造 別名:鵜濡渟(宇迦都久怒)
第13世 襲髄命(そつね)野見宿禰 相撲の元祖
第14世 來日田維命(きひたすみ)別名 岐比佐都美
―野見宿禰 姓氏録に曰く、天穂日命14世孫野見宿禰、菅原氏
第15世 三島足奴命(みしまそまぬ)
第16世 意宇足奴命(おうそまぬ)別命:游宇宿禰
第17世 国造出雲臣宮向 出雲姓を賜わる
第18世 国造出雲臣布奈
第19世 国造出雲臣布禰
第20世 国造出雲臣意波久
第21世 国造出雲臣美許
第22世 国造出雲臣叡屋
第23世 国造出雲臣帯許
第24世 国造出雲臣千国
第25世 国造出雲臣兼連
第26世 国造出雲臣果安
第27世 国造出雲臣広嶋
向家でサイノヒメを拝む姫巫女はムカツヒメと呼ばれる
初代大名持:菅之八耳
6代:八束水臣津野(やつかみおみずぬ)
8代:八千矛(やちほこ/大国主) - 王国最大の繁栄期
17代:山崎帯(やまさきたらし) - この代で王国が終焉を迎えたとされる