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縄文 出雲国の風に吹かれて
 
​~日本神話・縄文時代・邪馬台国・おとぎ話(桃太郎・浦島太郎・かぐや姫)
を紐解く​​
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※辻褄が合うかどうかに視点を置いて考察した個人的な仮説となります
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前提としてクトゥルフ神話を考えて神話は造れるものです​
またスパゲッティーモンスター教を考えると宗教も造れるものです
過去の歴史は歴史的事実や書物に戻づく現代人の想像でしかなく、新しい証拠が見つかれば覆る現段階での事実でしかないです​​​
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また人は主観から抜け出すことが出来ないため
自分がそう思い込めばそれが真実になるのが現実世界です
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​縄文(神代)時代からの歴史​​​​
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魏志倭人伝(中国の三国時代の魏)
発行日3世紀末(280年(呉の滅亡)- 297年(陳寿の没年)の間)
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邪馬台国=ヤマト国(都万・豊連合王国)
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卑弥呼(乙姫のモデル)=日御子・姫巫女
豊玉姫
姫巫女の女王 卑弥呼(豊王国)
宇那比姫命 (大倭姫命=複数いるアマテラスのモデル)=豊玉姫
(海部氏系図より天造日女命(あめのみちひめみこと)=宇那比姫命(うなびひめみこと)=大倭姫命おおやまとひめのみこと=大海靈姫命(おおあまひるめひめのみこと)=日女命(ひめみこと)
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弟=オオタタネコ=初代:竹内宿禰
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難升米(ナシメ)=タジマモリ(ヒボコ)
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敵対する狗奴国の王の卑弥弓呼=卑弥呼に弓をひく(敵対する)もの
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台与(トヨ)=親魏和王・豊姫
=竹野媛(大倭姫命)ツキヨミの神=アメノウズメ=大筒木垂根王(竹取りの翁)の娘である迦具夜比売命(カグヤヒメ)=豊鋤入姫(トヨイリヒメ)=ウズメノミコト=アメノウズメ=複数いる天照のモデル​​​​
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​天岩戸隠れの話
=女王の卑弥呼(豊玉姫)がなくなり隠れた、その後アメノウズメでもあるトヨ(豊姫)がその後を継いでアマテラスが再び現れたことだと推測
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・かぐや姫のモデル
=邪馬台国の台与(トヨ)=親魏和王・豊姫=竹野媛:求婚するものたちは時代背景が違い壬申の乱関係者 場所は讃岐 トヨは宇佐月神信仰
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宇佐神宮で祀られている比売大神は歴代姫巫女たち
宇佐神宮が八幡神社の総本山なのは魏から卑弥呼が8本の旗をもらって八幡神社となったから
※八は出雲族の聖なる数
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・桃太郎のモデル
=オオキビツ彦(開化天皇)
ワカタケキビツ彦による鬼住山に籠った出雲族を成敗した、砂鉄が採れる地だったため尻尾から剣が生まれる=八岐大蛇の話※八は出雲族の聖なる数
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このことから鬼、牛鬼、八束脛(やつかはぎ)、土蜘蛛(出雲族のように手足が長く八本)等はすべて出雲族やその子孫たちだと推測
艮(うしとら)の金神も北東に追い出された出雲族(日高見国)で、それゆえ北東の方角が鬼門とされている​
※八は出雲族の聖なる数
※裏鬼門が沖縄辺りになる
天満宮が都市や地域の「鬼門(北東)」の方位を抑えるために配置されている
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悪魔とされているのは大体敵国の神話の神のケースが多いことからも同じようなことが行われたと推測
​例:バアル神→ベルゼブブ等
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・浦島太郎のモデル
=​崇神天皇(イニエ大王)=山幸彦=ヒコミホホデ・ホオリに浦島子(サホ彦の可能性あり)の話が混ざる(浦島伝説+竜宮伝説)
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・乙姫のモデル
=邪馬台国の卑弥呼=宇那比姫命=豊玉姫
のぞかれた豊玉姫の姿が八尋の大鰐(やひろのおがわ:大きなワニまたはサメ(龍蛇信仰)※八は出雲族の聖なる数
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・一寸法師のモデル
=少彦名(冥界に行くので事代主?)
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・蓬莱山=富士山(不死山)​
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宮下文書に関しては徐福やその子孫が描き記したということでフェイクだと考えられる(宮下文書にしか出てこない富士王朝の存在もフェイクと推測)​​​​​​​
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アラハバキ信仰(龍蛇信仰)
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​アラは龍神、ハバキはそれに見立て縄を巻き付けた木のこと
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​サイノカミ信仰(インドから来た出雲族の始祖たち)​
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クナト王=シヴァ(イザナギ同様世界をかき混ぜて創造)
サイノヒメ(天照大御神のモデルの大元)=サティ・パールバティ(イザナミのモデル)
猿田彦=ガネーシャ(象のように鼻の長い天狗)
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造化三神​
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アメノミナカヌシ=大和国(天村雲)​
カミムスヒ=出雲国(クナト王)​
タカミムスヒ=日高見国(登美の長髄彦ナガスネヒコ?)​
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三貴子
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アマテラス(太陽)=太陽信仰の出雲の姫巫女たち
スサノオ(海)=渡来人、海人族(海部氏、物部氏)
ツクヨミ(月)=月信仰、宇佐族
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三種の神器
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八咫鏡(やたのかがみ)…太陽の巫女の象徴
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八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
八は出雲族の聖なる数
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草薙剣(くさなぎのつるぎ/天叢雲剣)…クナト王の鉾を真似て造られたもの
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日本に昔から残こるシュメールやユダヤ・キリスト教的なものは、日ユ同祖ではなくユダヤの子孫である徐福や弓月君、秦氏たちによるものだと推測​
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​日本神話が作られた時代は他の神話(北欧神話を除く)より遅いため色々な他の神話も取り入れられているように感じる
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​実際の人物から造られた古事記や日本書紀の神たちは色々な人物の存在が一人にまとめられて登場時期や親子関係も滅茶苦茶なので一人の人物としての特定は不可能
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豆知識
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賢者の石=辰砂(しんしゃ)
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オリハルコン=真鍮(しんちゅう)
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詳細は以下↓​​​
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インドから日本にきたクナ国の王たち
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・イザナギのモデル(クナト大神=久那戸神=神魂神(カミムスヒ)=大山祇命(蛇神)=国常立尊
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・イザナミのモデル(幸姫命=佐比売・幸売=八岐比売(やちまたひめ)=サイノヒメ)=太陽の女神=瀬織津姫=御歳神=天照大御神※八は出雲族の聖なる数
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アラハバキ​=アラが龍神を意味しハバキはそれを木に巻き付けたもの
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ミジャクジ様=サイノカミ
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※アイヌ語で男性女性のシンボルがそれぞれ、クナト、アラハバキ
Wikipedia「アラハバキ」
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アイヌ人は縄文+オホーツク系の遺伝子
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​​命(ミコト)/尊・尊い存在
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姫ひめ / 媛・比売・毘売
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彦ひこ / 日子・比古
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​大彦/おおひこは王子のこと
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宿禰/すくね とは古代の姓(かばね)の一つ
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​この頃を書いた歴史書では春分で1年、秋分で1年なので、現在の1年で2歳になる計算になる
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<縄文(神代)時代からの時系列>
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縄文(神代)時代は争いが極端に少なかった
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草創期:約16000~11500年前
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氷河期が終わりに向かい、暖かくなり始めた時期
暮らし:人類最古級の土岐(無文土器や豆粒文土器)が登場
まだ移動しながらの狩猟・採集が中心
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早期:約11500~7000年前
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急激な温暖化が進み、現在と近い気候へ
暮らし:尖底土器が使われ、竪穴住居による定住生活が定着
海面が上昇し、貝塚が形成され始める
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前期:約7000~5500年前
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気候が最も温暖になった時期(海面が今より数メートル高かった)
暮らし:丸底や平底の土器が主流に
日本列島各地に集落が広がり、丸木舟を使った海上貿易・沿岸漁業が盛んに
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中期:約5500~4500年前
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気候・文化ともに縄文時代の最盛期
暮らし:中部高地や関東を中心に「火焔型土器」等に代表される豪華で立体的な装飾土器がつくられる
大型の定住集落が栄えた時期
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後期:約4500~3300年前
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徐々に寒冷化が進み、気候が不安定に
暮らし:集落が小規模に分散し、土器は実用的な薄手・精巧なデザイン(注口土器)へ変化。配石遺構やストーンサークル等、祭祀・宗教的な道具や施設が発達
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晩期:約3300~2800年前
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さらなる寒冷化と海面低下
暮らし:西日本から本格的な水稲工作の技術が伝わり始め、弥生時代への移行期
亀ヶ岡式土器や遮光器土偶等が作られた時期​​
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1.国名のない出雲族が来る前の先住民
 
元々先に日本列島に住んでいた太陽、月、海、水、大地など、自然そのものを恐れ敬うアニミズム信仰の人々が山岳地帯に住んでいた(ホピ族同様攻め込まれにくい山岳地帯に住むことで淘汰を逃れる)
 
遺伝子的にチベットにも縄文の遺伝子が残ってることを考えると多くの地域に縄文人と同じ民族がいて言語も似たようなものが使われていた可能性あり(タミル語も含む)※チベットや日本以外の縄文民族は淘汰されたと推測
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所有や結婚という概念がなく子供をみんなで育てていた
争いが極端に少なかった
 
大木や大岩等の自然物を崇拝
黒曜石や琥珀・毛皮といった資源​
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特徴:体に刺青​
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相棒の動物は犬(狩猟に役立つ生き物)鹿やイノシシ等を狩る
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2.出雲(出芽)王国[狗奴国] 国津神(クナト→クニツ)
島根の出雲(紀元前660~紀元258年or248年) 言語:タミル語(母音が日本語と同じ)
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ゴビ砂漠→バイカル湖→北海道方面から
インダス文明のクナト王たちドラヴィダ族が1に加わる
妻:サイノヒメ=瀬織津姫=八十禍津日神
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民族の祖霊を守護神として崇め、子孫繁栄を祈り自然や太陽を祀るサイノカミ信仰、八を神聖な数とする 
最初は獣の歯に穴をあけ宝の勾玉が作られる(後に翡翠等に変わる)
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勾玉の種類…和魂(にぎたま)、荒魂(あらみたま)
後の時代に加えられたもの→幸魂(さちみたま)、奇魂(くしみたま)
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​財筋(たからすじ)…出雲族
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身体的特徴:身長は弥生人より低く手足が長い(登美の長髄彦ナガスネヒコや手名椎(手長)・足名椎(足長)もそこから)
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​太陽信仰、男性が統治し女性が祭祀を司る日の巫女
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龍蛇神信仰(アラハバキ。ワニ、コブラ。日本にはワニがいなかったのでワニの代わりにサメ、コブラの代わりに蛇)
因幡の白兎に通じる
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神社のしめ縄も二匹の蛇が交尾していることを示す=子孫繁栄
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八重垣(出雲王国の法律)=一夫一妻制等
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4000年前ごろの縄文時代→出雲の川で黒い砂鉄を見つけここに落ち着き出雲(出芽)王国
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※出雲族は春分・秋分の日を元日として半年を1年と数えたため
年齢は現代人の倍になる
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伝来:製鉄(蹈鞴タタラ製鉄)、陸稲
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姫巫女(祭主) 大名持(大王)と少彦名(副王) 
母系を重んじる​​​​(なので土偶は女性の姿)
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東出雲王家(勾玉=富家・登美)と西出雲王家(砂鉄=郷戸家)
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大名持(オオナムチ)は年長者で大王、少名彦(スクナヒコ)は年少者で副王の役職名​​​​​
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大寒波により7万人にまで減り食料危機のため水田に切り替え所有や国の概念が出来る(2000年前ごろの縄文時代)
 
水田になってからの相棒の動物は猫(ネズミから米を守る生き物)​
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3.大和政権[邪馬台国] 天津神 奈良の大和
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アメノホヒとタケヒナドリ親子が視察に訪れヤチホコ、高照姫(下照姫)が迎える大国主に青銅器を献上→大名持に仕える
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出雲王家に銅鐸の文化を持ち込む
 
父系文化
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弥生時代(紀元前数世紀から3世紀ごろ)
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牛・馬・豚・ニワトリ・猫はこの時代から
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紀元前219年、中国、秦の始皇帝から送られ不老不死の薬を求めて秦族の海童とともに日本列島にやってきた
斉の国(王族の田氏)の皇子徐福=徐市(じょふつ=フツヌシ)=(スサノオ)ら中国系渡来人が九州方面から加わり国をまとめる=その子孫たちが後の大和王権につながる
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伝来:水稲耕作技術、金属器(青銅器、鉄器)、土木技術、神仙思想 
高度な暦、冶金、医学、そして天体・太陽祭祀
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徐福の系譜:蓬莱信仰
ユダヤ由来の星神(北斗七星)信仰=道教
宇佐の月神信仰(ツクヨミ)のヒメミコを頂く
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物部 道教の星神信仰 「天津甕星」(アマツミカボシ)「天香香背男」(アマノカガセオ)
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徐福(スサノオ=天火明ホアカリ=饒速日ニギハヤヒ=ニニギノミコト):和国で王になるためやってきた
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十種神宝を徐福系統に渡す
(宮下文書=徐福は関東に来ていないし徐福や子孫が書いたものなので偽のエピソードの可能性が高い) 
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「不老不死の仙人が住む蓬莱山」=富士山(不死の山)​
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・出航1回目 徐福一行 山口県
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秦の統制や混乱を避けて、本土の西端付近に小規模グループがたどり着く
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・出航2回目BC219年: 徐福一行(連れてきた後の秦ハタ族) 島根
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ホアカリと名乗る
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徐福の渡航を支援したのは安曇族(ワダツミ)
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大国主=八千予・多岐津姫の娘 高照姫を妻に
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徐福(火明)+高照姫(道姫)と政略結婚 木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)=瀬織津姫のモデルのひとり
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子:五十猛イソベタケル(天香語山(アメノカゴヤマ)=海香語山=海幸彦(隼人の祖先)=大禍津日神
(海アマ家=海部氏始祖) 
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五十猛の弟:アジスキタカホコ(鴨家の祖先カモノオオオイカミ)
その子:タギツヒコ(高鴨家の祖)
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大国主(八千予)と事代主(八重波津身)を徐福(ホアカリ)の命令で部下のアメノホヒとタケヒナドリ親子が暗殺(拉致し洞窟で餓死)して徐福は秦国へ逃亡 
残された秦族と五十猛は国内を逃げて海部氏に
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・出航3回目 BC210年:徐福一行(連れてきた後の物部氏)佐賀→有明海 
ニギハヤヒとなる
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徐福(饒速日)+市杵嶋姫(宗像家)宇佐系女性祖神=豊受大神 
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子:彦火火出見(ヒコホホデ)=次男=海長屋命(山幸彦)
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その子:宇摩志麻遅と穂屋姫
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朝鮮半島から3度目の渡来、3000人を率いて1度目の子孫(五十猛)ら海部族と合流する
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五十猛、大屋津姫、抓津(都麻津)姫命の三兄弟
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五十猛(海香語山)と穂屋姫(ホヤヒメ)の子→海村雲(天村雲命)アメノヌラクモ(初代大王=神武天皇のモデル)
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五十猛(海香語山)と大屋姫の子→高倉下(紀国造家の始祖:尾張家・紀氏)、長女:御歳(ミトシ) 
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筑秦国(=筑紫国)王ニギハヤヒ(=スサノオ)の子
ヒコミホホデ(山幸彦)=物部家
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その孫 宇摩志麻遅(ウマシマジ)(物部氏の始祖)
10代から13代大王
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大和王朝(磯城王朝→物部王朝) もののふ武士→もののべ(武力・軍事・祭祀を担った氏族で剣を重視)
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物部王国=不弥国?
 
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ヤマト王国初代大王 海村雲(天村雲命アメノヌラクモノミコト)磐余彦(いわれひこ)
尾張家の祖
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BC2世紀中期 皇居:葛城高丘宮 海部王朝​
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​天叢雲剣はクナト王がインドから持ってきた鉾を剣に見立てた造られたもの
草を薙ぎ払ったことで草薙の剣に変わる
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出雲王から送られた三種の神器の大王の剣 草薙の剣=天叢雲剣
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神武天皇は架空人物
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葛城に拠点を置く(三輪山の事代主の娘で姫巫女のタタラシズ姫と出会う)
父事代主を天香久山に祀る
母はセヤタタラヒメ​
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海部家 五十猛(海香語山)と穂屋姫の子 
富家に婿入り 妻:初代姫巫女 媛蹈鞴五十鈴媛(タタライスズ姫) =イスケヨリヒメ=玉依姫
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母方の血筋がすべて出雲王家の姫皇女(母は出雲最後の后)
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東出雲王家(=富家)と西出雲王家(=郷戸家)の分家一族とと一緒にヤマトに入り、開拓を行い葛城山の東麓と南麓にそれぞれ入植

葛城地域に古くから鎮座する神社(鴨都波神社、一言主神社、高鴨神社、御歳神社)いずれも出雲の神を祭神

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※飛鳥時代に大王から天皇に変更、王子=皇子
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2代 綏靖天皇(ヌナカワミミ大王)妻:伊賀色許売命(いがのしこめのみこと)
BC1世紀終期 皇居:葛城高丘宮 海部王朝
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3代 安寧天皇(シキツヒコ大王)妻:渟名底仲媛命(ぬなそコナカツヒメノミこと)ここから磯城王朝
母方である出雲の影響力が強くなった
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BC1世紀中期 皇居:片塩浮乳宮 磯城王朝
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3代シキツヒコ大王から9代オオヒビ大王まで 磯城王朝
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4代 懿徳天皇 耜友(スキトモ / スキツミ大王)妻:天豊津媛命(あまとよつひめノみこと)
BC1世紀初期 皇居:掖上池心宮 磯城王朝
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5代 孝昭天皇(カツヒコ大王)妻:世襲足媛(よそたらしひめ)
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この時代に内乱:登美家、磯城家、海部家、高鴨家で勢力争い
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AC1世紀中期 皇居:軽曲峡宮 磯城王朝
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6代 孝安天皇(タシヒコ大王) 妻:姪押媛(めいののおしひめ)
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AC1世紀後期 皇居:室秋津島宮 磯城王朝
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後漢に自ら趣き、安帝に謁見、後漢の属国に
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7代 孝霊天皇(フトニ大王)=吉備大王 妻:細媛命(ほそひめのみこと)
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AC2世紀初期 皇居:庵戸宮 磯城王朝
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倭国大乱が起きる(147~188年ごろ)=三つの大きな争い
1.大和豪族による権力闘争
2.吉備による出雲侵略(銅剣・銅鐸の没収)
3.九州物部勢力による第一次物部東征(165年)
 
吉備国建国
フトニ大王の吉備国を建国した話が昔ばなし「桃太郎」(第一次出雲戦争)
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フトニの息子オオキビツ彦とワカタケキビツ彦による吉備平定
「犬・猿・キジ」も、実際には従軍した有力な地元集団や部族(犬養部・猿養部など)の伴造(とものみやつこ)の職能名
鬼は出雲軍のこと
ヤマトの争乱を嫌気して吉備へ移住
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八岐大蛇の話は吉備国が出雲のオロチ族を制圧した話(酒に酔わせて)
 
温羅(うら)伝説
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第8代 孝元天皇(クニクル大王) 妻:正室クニアレヒメ
側室:物部家の欝色謎命(うつしこめのみこと)星神信仰
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正室の子:登美の長髄彦ナガスネヒコ=中曽大根彦・オオヒビ(開化天皇)=大吉備津彦(桃太郎のモデル)  
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子:姫巫女の初代女王 卑弥呼150年頃に生まれる(三輪山の最高斎王)
(第9代富家当主:大田田根子が推挙)
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孫が武内宿禰
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AC2世紀中期 皇居:軽境原宮 磯城王朝
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物部勢力によりモモソ姫は背後から突き刺される(=箸が陰部に刺さって亡くなった話)
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ナガスネヒコと海部氏は物部氏に負ける(登美の長髄彦ナガスネヒコはアラハバキ龍蛇信仰を北陸クナト国(後の日高見国)へ伝え、子孫の安倍氏(→安東氏)により東北にも根ずく)蝦夷(エミシ・エゾ)
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​日高見国[エミシ・毛人]→ナガスネヒコが北陸で起こしたクナト国) 
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後の阿弖流為(アテルイ)・母礼(モレ)たちの国​
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248年ごろ、物部・豊連合軍が山陰瀬都内方面に進軍=第二次物部東征(8年続く)​​​
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9代 開化天皇(オオヒビ大王)正室:モモソ姫、伊香色謎命(いかがしこめのみこと)=姫巫女:卑弥呼=乙姫 母:クニアレ姫​

モモソ姫、伊香色謎命(いかがしこめのみこと)
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AC2世紀後期 皇居:春日率川宮 磯城王朝
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9代までは出雲王家の血をひく出雲色の強いヤマト王国
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​​10代 崇神天皇(イニエ大王)=山幸彦 ニニギノミコト=ミマキリイヒコ ここから物部王朝 初代天皇 
妻 御間城姫(みまきひめ)阿多津姫(=木花開耶姫)イクメ大王を​出産後すぐに亡くなる
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側室トヨタマ姫
=姫巫女:卑弥呼=竜宮の乙姫=宇那比姫命(大倭姫命=アマテラスのモデル)=豊玉姫
(海部氏系図より天造日女命(あめのみちひめみこと)=宇那比姫命(うなびひめみこと)=大倭姫命おおやまとひめのみこと=大海靈姫命(おおあまひるめひめのみこと)=日女命(ひめみこと)
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オオタタネコ=竹内宿禰が登美家9代当主として卑弥呼を助ける
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韓国語が出来るヒボコ(日矛王子)の子孫:タジマモリとオオタネを魏へ→親魏倭王
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ヒボコ王子=出雲の長浜につくが出雲王国の大国主の条件に従わなったためしばらく海上に住む(神床家始祖)
神功皇后はヒボコの子孫
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243.245.247年にも魏へ使いを送る
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魏からの黄色の8本の旗=八幡神社(本宮が宇佐(月神)神宮)
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AC3世紀初期 皇居:磯城瑞籬宮(シキノミズガキノミヤ) 物部王朝​
→都万国(つまこく)を作る  銅鐸から銅鏡の時代へ
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娘 邪馬台国の台与(トヨ)=親魏和王・豊姫=竹野媛(大倭姫命)ツキヨミの神=アメノウズメ=トヨキイリ姫(宇佐月神信仰)
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弟はトヨ彦(イヨキイリ彦)=ウガヤフキアエズ
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​​浦島太郎(山幸彦=ヒコミホホデ・ホオリ)の龍宮の乙姫(豊玉姫)=卑弥呼の正体:八尋和邇のサメやワニは出雲王国の龍蛇神(水)信仰
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子供:ヒコナギサタケとトヨタマ姫の妹のタマヨリ姫との間にイツセが生まれる
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「潮満珠(しおみつたま)」と「潮涸珠(しおひつたま)」という呪術的な「宝の玉(箱)」が玉手箱、それを使って地上の兄(ホデリ=海幸彦=隼人の祖)を屈服​
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248年、物部家・豊連合軍が進軍(8年続く)
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総大将トヨタマ姫:主力イクメ王の物部の軍艦+タジマモリ軍
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途中でトヨタマ姫の卑弥呼が病気になり同年死去
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11代 垂仁天皇(イクメ大王) 妻:狭穂媛命(さほひめのこと)
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後に 日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)ヒバス姫を后に=オオヒルメムチ→太陽信仰​ 再婚の子:ホムツワケ
イニエ大王(ニニギノミコト)とアタツ姫(コノハナサクヤヒメ)の子供
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邪馬台国の台与(トヨ)=親魏和王・豊姫=竹野媛(大倭姫命)ツキヨミの神=アメノウズメ=ワカヒルメムチ​
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魏の軍事顧問 張政によりトヨタマ姫(卑弥呼)の後継者として指名される
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​吉備王国を滅ぼす
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物部朝倉彦軍+豊軍は西出雲王国→滅亡
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タジマモリ軍+物部十千根軍は東出雲王国(登美家)を攻め降伏させる(登美家は後に野見家と名乗る)
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​
開化天皇が治めヒコイマス大王(磯城王朝)が継いだ大和に進軍
​
タジマモリ軍が1番にイクメ軍が2番に攻めるvsサホ彦軍
​
タジマモリがサホ彦と手を結ぶ
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出雲軍(野見大田彦 宿儺)がタジマモリ軍を追い払う(相撲伝承)
​
野見宿禰は播磨でタジマモリ関係者により毒殺​
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イクメ大王はサホ彦と休戦し、サコ姫=オオヒルメムチ(太陽信仰)を后にする
​
トヨヒコにより、イクメ大王とサコ姫は別れる
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トヨヒコが加茂家を襲撃
​
サホ彦が日下部(くさかべ)と名を変える
​
トヨはイクメ王の刺客によって暗殺される
​​​​
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かぐや姫の物語=邪馬台国のトヨの話

月神信仰(豊国)の人気を垂仁天皇は恐れ豊鋤入姫を追い払った(
​​​複数の妻の一人がトヨで大筒木垂根王(竹取りの翁)の娘である迦具夜比売命(カグヤヒメ)=豊鋤入姫(トヨイリヒメ)=ウズメノミコト=アメノウズメ
曾祖母が天豊姫=竹野媛(大倭姫命)=卑弥呼
​​​
かぐや姫はトヨ 羽衣伝説も
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「無理難題」のエピソードは、物語が成立した平安時代初期の時の権力者に対する強烈な政治風刺
​​
​​
ヒバス姫の娘が太陽信仰の大和(倭)姫で伊勢へ(伊勢神宮)
出雲向家の姫​
​​

イクメはさらにヤマトまで攻め上り

9代 開化天皇(オオヒビ大王)からヤマト王権の禅譲を受けた

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出雲色の強いヤマト王国と、本家の出雲王国の両方を物部イクメ王朝が滅ぼした

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物部イクメ大王とヤマト磯城王朝オオヒビ大王の男系の先祖は、

同じスサノオ(徐福=ホアカリ=ニギハヤヒ)で繋がっていた

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日本神話は斉国の皇子:徐福や連れてきた人々その子孫たちによる武力や政略結婚・暗殺による乗っ取りの話(時の朝廷(=当時の大和政権やまとせいけん)藤原不比等が意図をもって編纂したもの)

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記紀は、村雲は隠され第一次物部東征のウマシマジ(イワレ彦)の事績と

第二次物部東征の10代イニエ大王と11代イクメ大王の事績を統合した象徴として

カムヤマトイワレビコ(=神武天皇)を創作し初代の大王とし

2代 綏靖天皇(ヌナカワミミ大王)から

9代 開化天皇(オオヒビ大王)までの磯城王朝に関する事績も併せて消された

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初代神武天皇の美称「ハツクニシラススメラミコト」
=10代 崇神天皇(イニエ大王)の美称「ハツクニシラススメラミコト」(神武天皇と崇神天皇(実際の事績は垂仁天皇を含む)が同じ人格・神格)
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中層(古墳時代〜)

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英雄神・国譲り・出雲系の神話 大和朝廷が勢力を拡大していく過程で、各地の強力な豪族(出雲勢力や物部氏など)が持っていた神話を取り込み、「国譲り」という形で中央(天孫系)に服属させるドラマへと書き換えられたエピソード群

出雲神話などはこの中層

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12代 景行天皇(大王)

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子:ハリマタケル(ヤマトタケル)​

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表層(飛鳥・奈良時代)

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天孫降臨と天皇家の血統神話 アマテラスを最高神とし、その血統が途切れなく現在まで続いていることを示すためのフィナーレ(天孫降臨から神武東征へ至るライン)が、国家統一のイデオロギーとして一番最後に強力に追加・整理された

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「神話の最初」だと思っているイザナギ・イザナミの黄泉の国くだりやアマテラスの岩戸隠れも、実は日本が国家としてまとまる過程で、地方の古いバラバラの伝承を巧みに縫い合わせて「こういう順番の歴史でした」と再構築されたもの

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邪馬台国=大和国[邪馬壹国]太陽信仰=三国時代の魏の属領
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卑弥呼=宇那比姫命 (大倭姫命=アマテラスのモデル)=豊玉姫=乙姫
(海部氏系図より天造日女命(あめのみちひめみこと)=宇那比姫命(うなびひめみこと)=大倭姫命おおやまとひめのみこと=大海靈姫命(おおあまひるめひめのみこと)=日女命(ひめみこと)
238年女王に247年暗殺により死去(248年タキリ宮で病死?)
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対立していた狗奴国(クナ国)は古代出雲王国側のちの熊襲
男王、卑彌弓呼(ひみゆこ)クコチヒコ
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8代孝元天皇(クニクル大王)の皇子 母親がトミ家の姫
中曽大根彦(ナガスネヒコ)が作った国
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日子坐王 日本得魂命 対 陸耳御笠(玖賀耳御笠)(くがみみのみうけ)匹女 土蜘蛛(蜘蛛は足が8本=古代出雲王国系)両面宿儺も同じ​
丹後国青葉山→大江山
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最後までイクメ大王に抵抗した人物で最終的には、力尽き東国(信濃)へ退く、その東国で新たにクナト国=狗奴国を建国
(弥生時代の終わり頃)
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台与(トヨ)=天豊姫命(あまとよひめのみこと)​=竹野媛=豊来入姫(トヨキイリ姫)=金印を授かった豊玉姫
丹波大県主(丹後初代国王)の由碁理(ユゴリ、=建諸隅命、天火明命七世孫)の子
宇佐の月神信仰
(大倭姫命=アマテラスのモデル)
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母 … 諸見己姫 夫 … 開化天皇 子 … 彦湯牟須美命

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勾玉、銅鐸→銅鏡 剣が継承の宝に変わる 武力の八幡信仰に
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4.そこにユダヤ系の子孫 秦の始皇帝の子孫の融通王=弓月君(弓月王)率いる渡来人が奈良に降り立ち加わる(古墳・飛鳥時代)秦氏・漢氏、漢族(4~8世紀ごろ)
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伝来:土木治水(川の氾濫を防ぐ土木技術)、養蚕・絹織物、最新の祭祀や財政システム、仏教、儒教、漢字、法制度
稲荷信仰
相棒の動物は連れてきた馬
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秦河勝が聖徳太子(上宮大使=厩戸王=皇子)らとともに仏教を推し進め物部氏らと対立
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国常立尊クナト・アラハバキ等の神は艮の金神そのため北東に封じられてるため鬼門が北東とされている
彼らの一族は幸の神(さいのかみ)として祀られる
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クナト王とサイヒメの子が猿田彦大神(サルタヒコ)で三位一体
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クナト王=シヴァ、后サイヒメ=パールバティー、子神サルタヒコ=ガネーシャ(象・天狗鼻の大きなもの)の関係性に当てはめられる
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サイヒメ(天照+瀬織津姫の役割りも統合)=倭姫
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1国常立(久那斗大神)クナト王
2八島篠=八島士奴美神
3布葉之文字巧為=布波能母遅久奴須奴神
(主王系図で4代に相当)
4八束水臣津野(主王系図で6代に相当) 
5赤衾伊努意保須美比古佐倭気
6八千矛(大国主。主王系図で8代に相当)大国主の子=タケミナカタ その妻:八坂刀売(因幡の白兎の話の宇佐族ヤガミヒメ=スセリヒメ)=多岐津姫(宗像家)
7阿遅須枳高日子
8鹽冶毘古能
9速甕之多気佐波夜遅奴美
(主王系図で11代に相当)
10甕主彦(主王系図で12代に相当)
11身櫓浪(主王系図で14代に相当)
12遠津山崎帯
(主王系図で17代に相当。ここで西出雲王家滅亡)258年
13出雲(神門)振禰(出雲国造家系譜で第11世)
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​白兎=菟狭族=宇佐家がまとめた一族で月神信仰をもつ=月のうさぎ
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豊王国勢力(宇佐家の兎上王)
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​クナトノ大神は日本人全体の先祖にして、神々の親「むすびの神」として神魂神とも呼ばれ、後にイザナギに神名を変えられた

幸姫命(サイヒメ)はチマタの神として、四方八方に伸びる道や太陽の光を表し、ヤマトの三輪山では太陽神として祀られ
後にはイザナミに神名を変えられている

サルタ彦大神はインドの象神・ガネーシャであり、日本神話の猿田彦も鼻の長い天狗のような容姿で表され
村境や峠、境の川橋に祀られ、賊や悪霊を防ぐ道の神とされている
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竜神はサイノカミ(=アラハバキ)の従属神とされ、出雲族は竜神(アラ)をワラで作り木に巻き付けて拝むようになりました
巻き付けられた木は御神木とされ「斎の木(ハバキ)」
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セグロウミヘビには六角のウロコ模様を持っていたため、出雲で六角形は聖なる形とされ、出雲の神社の神紋に竜鱗紋として使用されている
 
亀甲紋=龍の鱗

同じ内容を三島鴨神社も語っていて、それは三島鴨神社が出雲王国の王族だったから​
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神=カモ=加茂家(古代出雲王家の分家筋)=鴨
八咫烏(太陽信仰)大田田根子(オオタタネコ)=加茂建角身命
妻:イカコヤヒメ(出雲の姫巫女) 子:玉依彦・玉依姫
  
熊野神社 天の羽衣(鳥の衣装)=出雲系の祭祀が秦氏等に乗っ取られる
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天の羽衣(鳥のような衣装)伝説も縄文族(加茂氏)の天の羽衣が弥生古墳系(秦氏)にとられてしまった話と推測
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クナ国は龍蛇神信仰(日本にはワニ(川の神)、コブラ(森の神)がいなかったため鮫や海蛇とさせることも)、天の羽衣を取られた天女は龍になり天に戻る
​因幡の白兎の話のサメやワニも出雲ヤガミヒメの龍蛇信仰(アラハバキ)を表す
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カゴメ歌もこのことを歌っている可能性(籠目紋=龍の鱗)
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かごめ かごめ(籠目)
籠の中の鳥(加茂家や出雲族)は
いついつでやる
夜明けの晩に
鶴(鴨氏)と亀(秦氏)が滑った(主導権が入れ替わった)
後ろの正面(歴史の勝者によって抹殺・隠蔽された本当の祭神や、朝廷に恭順しなかった古い王族・巫女の霊)

だあれ

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古代出雲王家(=葦原中国あしはらのなかつくに)銅鐸圏
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出雲国造家系譜

始祖 天穂日命(あめのほひのみこと)徐福を迎える
第2世 武夷鳥命(たけひなどり)
第3世 伊佐我命(イサガノミコト)
第4世 津狭命
第5世 櫛瓺前命(くしみかさき)
第6世 櫛月命
第7世 櫛瓺鳥海命(くしみかとりみ)
第8世 櫛田命(クシナダヒメ)
第9世 知理命
第10世 世毛呂須命
第11世 阿多命 別名:出雲振根
第12世 氏祖命(おほし)初代出雲国造 別名:鵜濡渟(宇迦都久怒)
第13世 襲髄命(そつね)野見宿禰 相撲の元祖
第14世 來日田維命(きひたすみ)別名 岐比佐都美
―野見宿禰 姓氏録に曰く、天穂日命14世孫野見宿禰、菅原氏
第15世 三島足奴命(みしまそまぬ)
第16世 意宇足奴命(おうそまぬ)別命:游宇宿禰
第17世 国造出雲臣宮向 出雲姓を賜わる
第18世 国造出雲臣布奈
第19世 国造出雲臣布禰
第20世 国造出雲臣意波久
第21世 国造出雲臣美許
第22世 国造出雲臣叡屋
第23世 国造出雲臣帯許
第24世 国造出雲臣千国
第25世 国造出雲臣兼連
第26世 国造出雲臣果安
第27世 国造出雲臣広嶋
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向家でサイノヒメを拝む姫巫女はムカツヒメと呼ばれる
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初代大名持:菅之八耳

​6代:八束水臣津野(やつかみおみずぬ)

8代:八千矛(やちほこ/大国主) - 王国最大の繁栄期

17代:山崎帯(やまさきたらし) - この代で王国が終焉を迎えたとされる

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1菅之八耳 【八箇耳】サイノヒメを祀る東出雲王家[富家/向家] 后:クシダ姫
2八島士之身【八島篠】クナト王を祀る西出雲王家[郷戸家/神門臣家]
3兄八島士之身【八島手】東出雲王家
4布葉之字口巧為 西出雲王家
5深渕之水遺花 東出雲王家
6臣津野オミツヌ【八束水臣津野命】西出雲王家
その息子アタカタス(宗像家祖) 娘が宗像三女神
7天之冬衣 妻:田心姫タゴリヒメ 東出雲王家
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8八千予(大国主)
副王・事代主(恵比寿) 八重波津身 西出雲王家
八重波津身の妻が沼奈川姫=玉依姫=玉櫛姫=勢夜蛇多良姫=三島溝杭姫(セヤタタラヒメ)(越の国=新潟に里帰り)
子:五十鈴姫、五十鈴依姫=三穂津姫 富家の皇子タケミナカタ富彦(新潟から諏訪へ)諏訪族(伊豆へ)
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9鳥鳴海トリナルミ(大和に移り鴨氏の祖クシヒカタ)(事代主長男)東出雲王家
10国押富=国忍富神 東出雲王家
11速瓮之建沢谷地身=速甕之多気佐波夜遅奴美神 西出雲王家
12瓮主彦=甕主日子神 西出雲王家
13田干岸円味 東出雲王家
14身櫓浪=美呂浪神 西出雲王家
15布惜富取成身 東出雲王家
16簸張大科戸箕 東出雲王家
17遠津山崎帯 西出雲王家
17(野見大田彦 宿袮)東出雲王家副王
-(富家)…(土師八島)…(菅原是善)-(菅原道真)
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インダス文明インド北西部ドラヴィダ族(クナ国)へ→ユーラシア大陸を周り(シベリア方面を通って、樺太から北海道、本州へ)日本へ(砂鉄の採れる斐伊川があった出雲に定住=紀元前7世紀ごろに出芽の国誕生)→製鉄(蹈鞴製鉄)を日本列島に伝え、陸稲も栽培した精神性の高い縄文族に(出雲王国)
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日本の歴史で鬼(うしとら)とされてるのは大体縄文族で、弥生古墳系渡来人(大和系)の人々により縄文人がしていた刺青も罪人の証にされる
(鬼の特徴は牛のように角が生えていて虎柄のパンツを履いてるのもそういうことです)
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艮の金神
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方角も丑の刻と寅の刻が北東を指していて、艮(うしとら)の金神は出雲族が追いやられた北東に封じられているという話です(それを鬼門という言葉で表しています)
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赤い姿で描かれることが多いのは酒呑童子を考えると酔った姿なのでは
八岐大蛇も酔わされて暗殺されてます
 
縄文族は東北の方や琉球の方へ追いやられる
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​弥生古墳系の人々(大和王権)によって日本全体がまとめられ物質主義のピラミッド支配(少数の頂点にいる者が全体を統率・管理する)がはじまる(日本の場合はピラミッドの代わりに古墳が作られる)​​
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巫女文化は明治政府により廃止される、神仏分離も行わる、女性神が男性神に返られたり神社の数も減らす=国家神道
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天皇を神格化するため、神話等の歴史は意図的に改ざんされるか隠されるか消される​(神武天皇はあいまいな存在なため政治利用するのに都合がよかった)​
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瀬織津姫(出雲族)も蛇(水の女神)、ホツマツタエでは天照の本妻
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出雲系の神が国津神、混合もしくは大和系の神が天津神
 
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今インターネットの発達により隠されていたものが表に出てるのは父系男性性左脳型社会(大和系物質主義)が限界を迎えつつあるので
母系女性性右脳型社会(縄文系精神主義)を再び取り入れる必要が出てきているからだと考えられる
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ガイアの法則でも日本の精神主義が次に時代の中心になるようです
それは統合の歴史、異なるものを認め受け入れ共存してきた歴史そのものでもあります
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日本はたくさんの渡来人が統合した和の精神をもつ統合の得意な国
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MaroonedChii Sakurabi
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